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焼け跡クロニクル

焼け跡クロニクル

監 督:原 真 織  

 出 演: 原 將人 原 鼓卯 原 真都 原 歌鈴 原 真織

音 楽: 原 將人

撮影・編集・構成:原 真織


  

協賛:ヨコシネディーアイエー 後援:京都市 

2024/日本/85min/5.1ch/16:9/カラー

Ⓒ『焼け跡クロニクル・ディレクターズカット』

INTRODUCTION

イントロダクション

古都・京都の美しい風景

8ミリフィルムの記憶

         

困難に打ち勝つ映画家族が贈る 

私小説風ドキュメンタリー映画

DIRECTOR

監督メッセージ

監督:原 真織 HARA Maori

映画のチカラ 

      

わたしにとって映画は、ファンタジーの素晴らしさやポシティブに生きる知恵や勇気、クリエイティブを与えてくれる存在です。  生きる喜びを知らせてくれる映画たちと一緒に、そういうものを探りながら生きてきました。

『焼け跡クロニクル・ディレクターズカット KYOTO MEMOIR』は、2018年の初夏に起きた、我が家の自宅火事を題材にした映画です。火事になると不幸になるという考えに批判的になるところからこの映画が生まれました。

火事の大騒ぎの後、それまで生活してきた場所が忽然となくなってしまったことに気が付きます。そこから歩み出すのは、並大抵のことではありません。

住処を失うなど想像するだけでも恐ろしいことです。それが現実となり大打撃を受けてしまうと心配や不安はいくらでも打ち寄せてきますが、クヨクヨしてばかりはいられません!

マテリアル的な回復。金銭的な回復。精神的な回復などトップレベルの大きな課題が、同時に、突然一気にドーンと山積みになりました。しかしどうしてもしあわせになることをあきらめたくないと願い、感謝しきれない多くの力に支えられながら乗り越えていくことができました。

 幸いなことに、わたしは火事の当日からこまめにカメラを回していました。家族に起きた現実世界を、映像に残したかったからです。

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主演・音楽:伝説の映画監督 原 將人 HARA Masato

あり得るべき未来を獲得する

新作『焼け跡クロニクル』を語るにあたって、まず、2020年にアメリカのミネアポリスで起きた、白人警官による無罪の黒人の殺害事件を、勇気を持って記録し続けた18歳少女のことを思い出してほしい。撮影することによって獲得できる未来があることを。

少女のスマホ映像は、アメリカという国の、奴隷制や人種差別という、大きな物語を喚起させ、人種的平等という未来を獲得する動きへと繋がっていったものだが、この『焼け跡クロニクル』の私たち家族に起きた火事とその後の映像は、それに比べたらごくごく小さなもので、大きな物語や権力への抗議などを想起させるものはない。

しかし、この映画の監督である真織が、火事の知らせを受けて我が家に向かった時からスマホのカメラを回していたことは、映画の歴史に於いてはそれと同じくらい重要なことだったと、今、思うのだ。

私たちの日常は、映画に撮っても、非日常の枠組みが加えられなければ(ホームムービーで終わってしまう)、長い歴史のなかに埋没し、決して作品として広く見られ、未来に残ることもない。

『焼け跡クロニクル』は、宇宙歴138億年、地球歴48億年の今、この星に生まれてきた者同士がたまたま家族を作り、未来へ向かっていのちを紡いでいくということのいとなみが、火事という非日常と出会うことによって、スマホという小さなカメラにつぶさに記録され、生成された映画だ。

だから『焼け跡クロニクル』を日本中の人々に届けたい。世界中の人々に届けたい。 私たちの未来に届けたい。そして、私たちがあり得るべき未来を獲得することにつなげたい。

かつて小津安二郎監督の『東京物語』がそうであったように、小さな家族の小さな映画を世界に羽ばたかせたいという願いを『焼け跡クロニクル』に託す。

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ABOUT

解説

「伝説的映画監督、原將人」の
軌跡 

金子遊(批評家・映像作家)

「原將人」と聞いて、相当なシネフィルであっても「名前は知ってるけど作品は観たことがない」「広末涼子のデビュー作『20世紀ノスタルジア』だけ観た」という人が多いのではないだろうか。なぜなら、原の作品のほとんどが実験映画や前衛映画、ドキュメンタリーのジャンルに属しており、山形の映画祭まで行って観たり、全国各地でおこなわれる彼のライブ付き上映に足を運ばないと観られない作品が多いからだ。それゆえに「伝説の映画作家」や「日本のゴダール」「日本のジョナス・メカス」といった形容句が彼の名前にはつきまとう。大森一樹、瀬々敬久、犬童一心ら商業映画で活躍する監督たちが強い影響を受けたことを公言する監督・原將人を「伝説」のままにしていてはいけない。ここでは原將人による珠玉の作品群を、前期、中期、後期という年代順に整理して紹介しよう。

前期は「天才映画少年」の時代だ。1968年、麻布高校時代に友人たちと16ミリで撮った短編『おかしさに彩られた悲しみのバラード』が、武満徹や勅使河原宏が審査員をつとめる映画祭でW受賞を果たす。新聞や雑誌などマスコミの寵児となり、若者の8ミリ映画ブームに火をつけた。そのインパクトは村上龍の『69 sixty nine』や四方田犬彦の『ハイスクール1968』でも語られている。東大に進学するはずだったが、学園紛争で入試が中止になったので進学をやめ、弱冠20歳で大島渚監督の『東京战争戦後秘話』の脚本と予告編を手がけ、23歳で代表作となるロードムービー『初国知所之天皇(はつくにしらすめらみこと)』(73)を撮りあげてしまう。ここまでが「前期=実験映画の時代」の良く知られたエピソードだ。

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COMMENT

コメント

ヤマザキマリ(漫画家・文筆家)

思いがけない大惨事と向き合いながらも、新しい日常の中で淡々と生きる喜びという糧を見つけていく家族。
人間を俯瞰で捉える視点、そして優しさと逞しさ。
人生を歩んでいくのに最低限度必要なことをこの作品は教えてくれる。

佐々木敦(思考家)

原將人は文字通り、自分の人生を映画と、自分の映画を人生と、完全に等価なものとして生き、撮ってきた。
『焼け跡クロニクル』には、そこに原真織の視点/視線が重ねられている。
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山田洋次(映画監督)

原將人は転んでもただでは起きない。
自分の住居が火事になるということはそう誰もが経験することではない。原君はその不幸に遭遇したが、燃えさかる家に飛び込んで火をものともせずに、撮りためた大切な八ミリのフィルムを夢中で運び出した。
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瀬々敬久(映画監督)

僕は原さん、原將人さんを応援しないわけにはいきません。
原さんの作品を初めて見たのはテレビでした。高校生の頃、たまたま見たNHK教育テレビの『若い広場』で、『おかしさに彩られた悲しみのバラード』原さんが高校生の時に作った映画、その抜粋が紹介されたのです。僕がまったく見たことがないような映画でした
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原一男(映画監督)

原-原コンビという硬い契り(?)を交わした、その相方の原將人監督から、電話をもらった。
今、最新作「焼け跡クロニクル」を製作中とのこと。
「焼け跡から見つけたフィルムをチェックしたんだけど、焼けたことによってフィルムが、凄くいい感じになってるんだよね」と、私に得意げ(?)に語る声は、凄く弾んでいた。
私は、ああ、この原將人という人は天性のフィルムメーカーなんだなあ、と改めて思い知らされた感じがして、深く感動していた。
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犬童一心(映画監督)

「焼け跡クロニクル、拝見させていただきました。
まさにお宝映像でした。

前半、火事という災いの中でも、
映画が元気と強さに支えられ陽のまま進んでいく、そこに魅力を感じて見ていました。
でもそれは、奥様のカラーなんでしょうね。
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浜野佐知(映画監督)

この映画は断じて「小さな家族の再生の物語」などではない。これは、突然襲いかかって来た災いに戦いを挑んだ一人の女性の物語だ。
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谷川建司
(映画ジャーナリスト/早稲田大学政治経済学術院客員教授)

我々は原將人という映画監督をよく知っている。原將人の撮った映画を観れば、そこに、原將人の思考や志向、そして嗜好が見て取れるからだ。原將人の映画と原將人の人格は同じだとさえ言える。
だが、新作『焼け跡クロニクル』を観て、驚きにも似た新鮮な発見があった。
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四方田犬彦(映画誌・比較文学研究)

原將人、フィルムの死と再生
戦争、地震、不意の火事。これまで数えきれないフィルムが失われてきた。
ニトロ・セルロースによる可燃性フィルムは気温が上昇すると酸化分解し、たやすく自然発火してしまう。1950年に松竹下賀茂撮影所のフィルム倉庫で起きた火事は、周辺の十数軒の民家を焼き、衣笠貞之助の戦前作品のほとんど燃やしてしまった。そして奇跡的に厄難を逃れた『狂つた一頁』を、日本映画史を輝かしいものにした。
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